『先輩』
自分が中学3年の時、先輩は高校3年。神様だった。全てにおいて自分を上回り圧倒的だった。明らかに、彼等そして、その中心に彼がいて、私の人生の歯車は、全て組み替えられた。完全に彼は僕の憧れだった。
そんな尊敬する先輩に26年ぶりに再会した。
それは突然訪れた。車を赤信号で停車させ、ふと路肩を見ると、一人の男性が立っていた。ふと彼を見ると、お互い目が合い。彼は軽く会釈をしてくれ、こちらも会釈をし、目を逸らした。しかし、猛烈なスピードで私の脳は回転し、会釈した彼の顔の残像を明確に映し出し、、、不思議なもので一瞬で脳は彼を先輩だと認識した。慌てて車を停め、先輩に挨拶をした。当然、氏名を名乗られても、先輩は26年前の後輩の名前など曖昧で、非常に驚いた表情で、降りてきた後輩を名乗るデブのヒゲ面に困惑していた。いやいや、私も本当に驚いたのだから容易に彼の気持ちを理解できた。
お互い驚きの中、通勤途中という事もあり、ソソクサと連絡先を交換したのだった。
そして先日、先輩と26年ぶりに飲みに行けた。お互い多分、最初の5分は緊張があったと思うが、それも直ぐに消え、そこには不思議な世界が存在した。中高同じ男子校の先輩と後輩。その先輩に憧れた後輩。世の中の多くのモノゴトが26年という歳月の中で変わったが、、そこには何も変わらない、僕達だけの独特の安心感ある不思議な思想世界があった。まるで得体の知れない大きな何かに支配され守られ、何事も変えられるし、飛び込める勇気をくれる、これは何だろう、家族とは違うが、安堵感ある仲間がいる意識。一番多感な時期を同じ環境で過ごしたせいなのだろうか?そうだとすると、それは我々が共に過ごした男子校が作り出したものなのか?その当時の僕達の反抗心や改革的思考や日々の無垢な自由を思い出しただけなのか?
歳をとり、大人になって、この厳しい足の引っ張り合いの世の中に揉まれ、人と仲良く群れるなんて事を嫌ってきたが、、、なんだかそんな事を考えなかった学生時代を懐かしく、そして羨ましく思う。
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